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亘理伊達家御廟所 伊達成実(だて しげざね) 大雄寺 [deep emotion]

仙台から南へ 車で約一時間の亘理  毎年苺狩りをする、苺の名産地でもあります
この亘理に伊達政宗の片腕だったとされる
伊達成実(だて しげざね 1568年~1646年)の廟所があります
大雄寺
境内には、県指定文化財の「成実廟」をはじめとする、成実が亘理伊達家の御廟所を定めてから~
十四代邦成が北海道に移住するまでの十三代の領主と夫人の御霊が永い眠りについています
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この山門は文政年間(1818~1830)の建立だそうです 
200年もここでドッシリと構えていたんですね~
伊達領内に残る江戸時代初期の霊屋建築を知る上で貴重とされていて
山門も文化財の指定を受けています
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現在ある本堂は明治30(1897)年に改築されたもの
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伊達成実が慶長9年(1604)に福島県信夫郡小倉村にあった陽林寺を亘理城下へ移し
「雄山寺」と称しました
その後この寺は「大雄寺」と改名し伊達家代々の菩提寺となったそうです
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伊達成実は伊達政宗の片腕・友・決して後戻りしない家中随一の剛の者でした
父は伊達実元 母は鏡清院(伊達晴宗の二女) 故に政宗の従兄弟にあたります
そして~大河ドラマ「独眼竜政宗」の脚本家でもあります
1642年「成実記」を著し、後に「伊達成実日記」=政宗記等の原本となりました
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大河ドラマ「独眼竜政宗」では三浦友和が役を担っていましたね 
私が成実に代わって配役を決めるなら~唐沢寿明にしたかも^^
初代 成実廟
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幼少の頃には、時宗の僧(伊達郡粟野村の専念寺住職)を師として学問を修めたそうです
やはり~お勉強・・・賢い人だったのでしょう
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その書を読んでみると「物の数にも入らぬ者を取り立て、その功たるや比類なし」
などと政宗を褒めちぎる一方
暗に自らの出自を自負し、小田原参陣までを微に入り細に入り書き連ねることで
「やはり自分こそ家中随一の剛の者だ・・・」とこっそ~~り悦に入ったりもしています
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初代父(正面) 五代実氏廟(左)
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後世の創作に多大なる影響を与え、大河ドラマ「独眼竜政宗」では
目論見通りの脳筋描写ばかりが目立つ人と描かれました 
今の時代生き抜いていたら~角栄さん?竹下さん?の様な人だったのかもしれません
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伊達家代々の墓所
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家中の長老として重きをなして政宗亡き後の伊達家を支え続けた成実 
1646年7月16日没
辞世「古来より 稀なる年にここのつの あまるも夢の 中にぞありける
70まで生きた古来稀なる御大将(政宗)より9つも長く世を見たが
やはりこの世はうたかたの夢・・・駆け抜け続けてあっと言う間の一生であった との意
政宗の従兄弟であり、友であり、一番の家臣であった身
あの時代故に頭となれなかったのでしょうか
秀吉とは全く違った育ち・正室の力不足、故の生き様だったのでしょうか 
影の力は、後世にまで政宗の時代を伝えてくれる筆を残してくれた事は確かです 
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