So-net無料ブログ作成

満開の桜の下 人間将棋 [Japan]

宮城県のお隣・山形 盆地の為、夏の暑さ厳しく冬の寒さ厳しい地です
芽吹く新緑と桜、春が一緒にやってきます
DSC00673.JPG
ユキヤナギやレンギョウは出番待たずに~一斉に咲き出します
DSC00664.JPG
DSC00668.JPG
山形県天童市の舞鶴山 木々の芽がニョキニョキと芽吹く黄緑色に
混ぜ合わせた白絵具を、間違って落としてしまったかの様な~山桜咲く景色も山形ならでは
DSC00666.JPG
枝垂桜の下、山頂まで登りくる母を待つ子
DSC00677.JPG
酒を酌み交わし桜を喜ぶ同士
DSC00716.JPG
日本・東北の春を待ちわびたこの風景・・・好きです
DSC00678.JPG
将棋駒の生産量日本一を誇る山形県・天童市
DSC00698.JPG
この舞鶴山山頂で21・22日、天童の春を彩る行事「人間将棋」が行われました
DSC00692.JPG
昭和31年から行われている、この行事
約2000本の桜が咲き乱れる舞鶴山を舞台に、甲冑や着物姿に身を包んだ武者や腰元たちが
将棋の駒となり対局を行います
DSC00684.JPG
今年のゲストは? この後ろ姿・・・誰でしょう?
DSC00681.JPG
史上最年長棋士の「ひふみん」加藤一二三九段・つるの剛士さんでした
DSC00687.JPG
ひふみんは将棋の事より~己の事! ビバルディの歌を歌い出したり~
奥歯を入れたらツキが落ちた話等・・・やっぱり天才&奇才の「ひふみん」♪
場を読めない純粋な会話と、おどおどしく喋るワイシャツ長めの姿は~
何だか愛おしさ・・さえ感じます[黒ハート]
DSC00689.JPG
人間が将棋の駒を務める「人間将棋」
DSC00683.JPG
今年で63回目となる春の恒例行事ですが、この日の山形の最高気温は29度!
果物も美味しくなるわけです^^  この気温での甲冑姿、かなりきついでしょうね
DSC00696.JPG
トークショーが終わり、いざ人間将棋の勝負が始まります
DSC00697.JPG
DSC00691.JPG
将棋を戦国時代の戦に見立て、人間が巨大な将棋の駒となり
将棋盤を模した「戦場」で相手の軍と戦う「人間将棋」
DSC00704.JPG
人間を駒に見立てて将棋を指すというこのアイデアは~
豊臣秀吉が伏見城で、小姓や腰元を将棋の駒に見立て
「将棋野試合」を行ったという故事がきっかけだそうです
DSC00709.JPG
ルールは通常の将棋と違いは有りませんが
すべての駒を1度は動かす事!が暗黙の了解となっています
DSC00710.JPG
江戸時代(天童藩織田家2万石)から将棋駒の生産で知られ
近年でも将棋駒の約95%が生産されている山形・天童
満開の桜の下の対局は屋敷伸之九段と山崎隆之八段
DSC00662.JPG
時の人で何かと忙しい~ひふみんは、対局も観戦せずに退散していましたが
盤上の熱戦を見ようと~全国から沢山の人が駆けつけていました
nice!(101)  コメント(21) 
共通テーマ:blog

上野~浅草 桜は無いけど~楽し♪ [Japan]

虫博士がお正月帰国時、東京へ出掛けた際に立ち寄った「上野大仏」
結婚式場としても有名な、老舗「上野精養軒」のすぐ傍にあります
DSC06401.JPG
階段を登ると大きなパゴダ・仏塔)が現れます
DSC06408.JPG
その仏塔の左側・・・
DSC06406.JPG
デカっ!大仏様の顔面がド~~~~ン!
DSC06404.JPG
現在は大仏様の「顔面部だけ」ですが
100年前迄、ここ上野には大きな大仏様が鎮座していたそうです
上野大仏が造営されたのは、今からおよそ400年前の1631年 最初は粘土で造られていたそうで
DSC06405.JPG
その後、青銅製の釈迦如来坐(しゃかにょらいざぞう)になり、大仏殿も建造されたそうです
火災や地震に遭い、その度に修復されてきましたが
1923年の関東大震災で頭部が取れて落ちてしまい~
第二次世界大戦の際「金属金属供出令」により胴体と顔面以外の頭部が日本軍に供給
DSC06403.JPG
幾多の災難・数奇な歴史を持つこの大仏様は「これ以上は落ちない」として
知る人ぞ知る東京の合格祈願のパワースポットになっています
その同格大仏様の直ぐ近くに有る「五條天神社
DSC06419.JPG
こちらは医薬の祖神として信仰を集めている神社です
DSC06411.JPG
江戸時代創建の寛永寺よりも早く、室町時代からある神社だそうです
DSC06412.JPG
医薬祖神をお祀りしてあるそうで、健康祈願の神社として知られています
DSC06418.JPG
後に、菅原道真公も合わせて祀られた為、医学部や薬学部の合格祈願で訪れる人も多いそうです
DSC06407.JPG
昨年、アメリカからやって来た従妹が子どもたちを連れて行ったお店「HUTCH浅草店
IMG_1137.JPG
沢山の珍しいうさぎと触れ合い遊ぶことができるお店だそうです
アメリカでもnetで話題になっているとかで、エラがとても楽しみにしていたお店です
IMG_1135.JPG
浅草駅から徒歩1分にある5階建てビル丸ごと1棟がう・さ・ぎ~!?
イベントスペースや撮影スタジオ、うさぎギャラリー等々・・・
モフモフのうさぎちゃんとデートできるこのビル
因みに私達は入店していません^^
IMG_1136.JPG
チケット売り場の行列は~やはり・・・外国人観光客ばかりでした
IMG_1134.JPG
浅草から帰る際に見付けた「Sガスト」?? Sサイズのガスト??
20141029_160518.jpg
東京、神奈川、埼玉の繁華街に出店しているらしいSガストは
駐車場が完備された街道沿いに出店している地方の「ガスト」とは異なり
牛丼チェーン店のようなファストフード店という感じ・・・
単身者やパパッと食事を済ませたい人向けなのでしょうね
20170401_173513.jpg
もと~地元・港区に戻って・・・  刺激いっぱいの東京はやっぱり楽し♪
月曜は東京グルメをお届けします^^
nice!(115)  コメント(20) 
共通テーマ:旅行

青葉城址 [Japan]

伊達62万石の居城 仙台城・青葉城 ご存知の通り伊達政宗が築城者です
20180318_115331.jpg
余りにも身近で、勾配の急な山坂の上にある為・・・
いつも~車で、県外から来られた方を案内する程度の青葉城址 
春ですからね^^ウォーキングがてら歩いてみました ここを歩くのは人生で初めてかも
八幡から牛越橋を渡り、東北大構内を抜け~
二の丸
DSC00597.JPG
二代藩主伊達忠宗により造営された二の丸は、明治に至るまで藩政の中心でした
二の丸規模は東西310メートル、南北200メートル
DSC00598.JPG
二の丸の正門である大手門を入り~その奥の詰門を抜けると・・・
DSC00601.JPG
DSC00599.JPG
藩主が住む屋敷や能舞台があったそうです
DSC00600.JPG
仙台城は、仙台の青葉山にあった日本のお城・平山城で「青葉城」とも呼ばれています
DSC00606.JPG
この石垣は、切込接と呼ばれる積み方を用い
隅石表面には「江戸切」と呼ばれる技法によって加工されています
DSC00608.JPG
伊達政宗が死際に「この城は泰平の世には向かん。わしが死んだら修築しろ」
DSC00619.JPG
と、家臣や忠宗に言い残したという逸話が残っていますが
「戦に勝つ」「攻撃されても落とされない要塞」の役割が色濃く残るお城だったのでしょうね
本丸跡
DSC00609.JPG
DSC00612.JPG
東と南を断崖が固める天然の要害に築かれたお城
家康の警戒を避けるために、 あえて天守閣は設けなかった?
天守閣を持つ事を許されなかった?色々説は有りますが、青葉城は平城でした
DSC00611.JPG
城は消失し、石垣と再建された脇櫓が往時を偲ばせています
政宗公騎馬像の前に立つと~天下取りの野望に燃えた政宗公と同じ視線で市街を展望出来ます
DSC00614.JPG
DSC00616.JPG
石垣の道を下り少し脇道に入ると当時をしのばせるなだらかな坂
DSC00621.JPG
その坂道の右手に「三の丸」跡があります
DSC00622.JPG
仙台藩の米蔵があり、古くは東の丸とも呼ばれていたそうです
現在は仙台市博物館になっていて、敷地内には「魯迅の碑」が置かれています
DSC00625.JPG
紹興市から仙台市に送られた魯迅像
DSC00624.JPG
1904年(明治37)医学の道を志し、魯迅は東北大学の前身である「仙台医学専門学校」に留学
仙台での生活は1年半でしたが、この地での一人の教師との交流によって~
医学から文学へ転向を決意したようです
DSC00623.JPG
彼がのちに作家「魯迅」として執筆した短編小説「藤野先生」に彼の心の動きが綴られています
現在でも仙台市や東北大学では、様々な面で魯迅を通じた交流を中国と行っています
DSC00629.JPG
五色沼」 日本フィギュアスケート発祥の地です
DSC00627.JPG
お城を囲むように流れる広瀬川まで降りてきました
DSC00640.JPG
カサカサっと藪の中で動く小鳥ちゃんはシジュウカラでしょうか?
DSC00638.JPG
川ではセグロセキレイ?が、穏やかな日差しを浴びて水の流れの音を楽しんでいました
DSC00636.JPG
平成15年夏、国の史跡指定を受けた仙台城址・青葉城
標高約130m、東と南を断崖が固める天然の要害に築かれた城
残念ながら今では城は消失してしまいましたが
歩いてみないと分からなかったお城の造り・・・あらためて見る事が出来ました
DSC00641.JPG
この日歩いた距離:24000歩・16㎞ でした 筋肉痛は翌日から・・・がっちり現れています[もうやだ~(悲しい顔)]
nice!(94)  コメント(20) 
共通テーマ:旅行

石尊さまの火伏せ祭り [Japan]

仙台から北へ 東北自動車道を使い約一時間の若柳町(わかやなぎちょう)
宮城県の北部にある小さな町です
DSC00560.JPG
「ふるさとみやぎ祭り百選」に選ばれている「石尊さまの火伏せ祭り」は
この小さな町で、江戸時代から行われている伝統的な祭りです
DSC00511.JPG
下帯姿の年男たちが水を体にかぶりながら、火伏せを行う水かけのお祭りは17日に行われました
DSC00510.JPG
DSC00507.JPG
DSC00513.JPG
武鎗(むやり)鹿踊りや武鎗神楽が神社に奉納されます
DSC00509.JPG
石尊神社は昔から火伏せの神として信仰されている歴史ある神社です
DSC00565.JPG
火伏せ祭りの由来(石尊神社案内板より)
DSC00514.JPG
石尊神社の創建は、宝徳年間
DSC00515.JPG
伝説によれば・・・この地の小豪農、祖主家に夜半貧しい身なりの乞食が現れ
一宿一飯を乞い、主はあまりの姿を憐れみ、家に入れて介抱したところ日一日と元気になり
家族同然に生活しましたが、ある日突然その者が「旅立ちたい」と言い
DSC00518.JPG
形見として肌身離さず持ち続けていた日本武尊命の木彫りの御像を差し出し
「是非これを受けてください。諸々の災難よけにいつかお役に立ちましょう」と
涙ながらにお礼を述べ、白石相模と名のり西へ向って風の如く去ったそうです
DSC00527.JPG
室町時代、武鎗部落に大火がおこり、西風にあおられてあわや全焼かと思われました
DSC00529.JPG
ところが、祖主神社南の屋根に登り、御像を高くかかげ「火の神よ、ここで消し給われ」
と、祈ったところ・・・空高く燃え上ったその先に、鳥の群が舞い
中に一羽の白鳥が乱舞している、とみるや西風に変り火がおさまったというのです
DSC00533.JPG
この奇跡は、御像の神威によるものと元治元年(1864年)三月
このお宮を建立して祀り、以後祭礼と水冠りの祭が続いてきたと伝えられています
DSC00558.JPG
町はずれの井戸水でお清めし、神官に御祈祷された腰蓑を着けた裸の厄男たちが
いよいよ町内を練り歩き、各家に水をかけて火伏せを祈願して歩きます
かけます!水!
DSC00534.JPG
ここでも!ソ~レ!水!
DSC00535.JPG
子ども達も後を追い掛け~またかける!一緒に~ソ~レ!
DSC00537.JPG
DSC00546.JPG
お婆ちゃんたちにも~かけちゃう!水!
DSC00556.JPG
「ご苦労様です^^」と、カメラを持って厄男の後をついて歩く私にも・・・
声をかけてくれるお爺ちゃんやお婆ちゃん
DSC00562.JPG
DSC00545.JPG
ここでも~ソ~レ!水かけちゃう[わーい(嬉しい顔)]
DSC00564.JPG
「石尊さまの裸まつり」には皇太子殿下も訪れ祭りを祝ったそうです
小さな田舎町の大きな行事 菓子をもらい喜ぶ子、軒先に立ち挨拶をしてくれる老夫婦
心に雪解け水が流れる様な・・・清らかな空気がこの街には流れていました
DSC00549.JPG 
祭りが行われる頃から寒さが和らぎ「春を呼ぶ祭り」とも云われているそうです
DSC00550.JPG
nice!(93)  コメント(15) 
共通テーマ:旅行

松島へプチ旅 Ⅱ・松島大観荘 [Japan]

日本三景・松島の壮大で美しい景色が眺められる高台に建つ「大観荘」
IMG_8026.JPG
手焼き蒲鉾のお店でC国の方々と一緒になり、まさかホテルも・・・の予感的中!
一緒でした・・・[ふらふら]
フロントで確認したところ「同じ階にはいらっしゃらないので安心して下さい」との事
部屋で少し寛いで~
line_1520326052767.jpg
お風呂へ向かいます・・・でも、お風呂は一緒なんですよね  
脱衣所でも浴場でも、余りにも五月蠅いので~注意しました^^
IMG_8053.JPG
撮影禁止(以前はOKだったのに・・・)でしたが~1枚だけ^^
この露天風呂から眺める昼間の海の景色は最高なんですよ~ この夜も月が綺麗でした
IMG_8054.JPG
通常のお泊りの和洋中ビュッフェに、ほんの少し追加で「磯魚」の和風海鮮ビュッフェにしました
何しろ皆の楽しみは~蟹と牡蠣!^^
牡蠣と蟹.jpg
お寿司もお刺身も
寿司.jpg
地元の海から毎朝届く、獲れたて新鮮な魚介類
お刺身.jpg
海老と牡蠣.jpg
牛タンや和牛
牛タン.jpg
厳選された素材を使った、大観荘オリジナルの和風海鮮ビュッフェ♪
取り分けてきたものはこちら・・・
IMG_8051.JPG
ビールでカンパ~イしましたが、四人とも蟹に夢中でカンパイ写真は撮り忘れました^^
デザートも忘れずに少しづついただきました~
デザート.jpg
ワゴンに蟹がなくなってしまうほど蟹三昧し~またお風呂へ・・・
ペチャクチャと~1時頃に就寝~ 
鼾が素晴らしかった^^早起きmiyurinが朝陽を撮りながら朝風呂へ・・・
20180307171749.jpg
少し外をお散歩
政宗公や芭蕉も訪れた、日本三景・松島 
IMG_8067.JPG
IMG_8068.JPG
仙台より少し気温が高い松島 穏やかで凛とした朝の空気が流れています
さ、朝食です
IMG_8065.JPG
朝食会場は「ラ・セレース」 和洋中のビュッフェです
20180307171851.jpg
解放感あふれる高い吹き抜けと、大きな窓からは松島を一望できるレストランは~
ランチタイムのビュッフェも行っています
IMG_8062.JPG
IMG_8061.JPG
和食・洋食・中華のオープンキッチン
地元宮城の食材や旬の素材を使ったビュッフェメニュー
朝食.jpg
豊富なメニューには地元宮城の食材はもちろん~
出来たてオムレツはシェフたちがその場で調理してくれます
朝食2.jpg
普段は朝食を取らない私でも、こう言った場では食べてしまいます
洋食派の私が取り分けてきたものがこちら・・・
IMG_8060.JPG
4人夫々、中華粥や和食の「朝ごはん」等・・・嗜好は色々です^^
朝食会場でもペチャクチャと喋っていたら・・・会場には誰もいなくなっていました
あっという間にチェックアウト時間の11時! 
子ども達が幼稚園時代からの仲良し四人組・自称セレブ会 
話す事と言えば、以前は子どもの事だけでしたが、最近は親の介護の事も加わり白熱トーク
IMG_8064.JPG
チェックアウト後も「牡蠣カレーパン」「蒲鉾」「お刺身」等を買って~
車中もペチャクチャ・・・楽しい時間はあっという間~の良い一日
翌日は恐る恐る~体重計に乗りましたが、蟹はカロリーや糖質が低いおかげで無事でした^^

大観荘旅館 / 松島海岸駅

夜総合点★★★☆☆ 3.4

  
nice!(116)  コメント(22) 
共通テーマ:美容

松島へプチ旅Ⅰ 塩竈神社の梅 [Japan]

先週、いつもの仲良し4人で一泊のプチ旅に出掛けました
夫々に親の介護などの事情もあり・・・向かった先は近場の^^「松島」
昨年は2月に梅の花が満開だった塩竈神社を経由して行きましょう~と言う事になり・・・
先ずは東北一のパワースポットとされる「塩竈神社」へ 今回は歩きやすい東参道(裏坂)から
塩竈港・松島湾・牡鹿半島・金華山などの眺望が美しいです
20180306_153520.jpg
塩竈神社には、塩を作った神様が祀られています
桜や梅の美しい神社・安産の神様としても有名です
IMG_8002.JPG
河津桜は蕾も未だ膨らまず・・・この日の気温も2℃・・・
IMG_8003.JPG
林子平が運んだとされる「蝋梅」は満開を迎えていました
DSC03081.JPG
20180306_153722.jpg
銘石「稲井石」の石畳坂をゆっくりと上ります
IMG_8009.JPG
国天然記念物の鹽竈桜は蕾も未だ膨らんでいませんでした
IMG_8010.JPG
IMG_8019.JPG
ミツマタ
DSC03078.JPG
私達の様に^^恥ずかしそうに~うつむき加減で開いていました
IMG_8013.JPG
御神木の木に手を合わせて~
IMG_8014.JPG
IMG_8015.JPG
IMG_8016.JPG
左右宮拝殿にお参りをします
こちらは「文治灯籠」
IMG_8017.JPG
1187年(文治3)に藤原忠衡が寄進したとされる鉄製灯籠です
なんと!芭蕉もこの灯籠を見ていて「奥のほそ道」に「神前に古き宝灯あり」と記しています
お詣りを終え車へと戻る途中・・・何やら風が良い香りを運んできました~
IMG_8020.JPG
陽当たりの良い場所にほんの少しだけ梅の花が・・・
IMG_8021.JPG
IMG_8022.JPG
IMG_8023.JPG
この日の寒さで開いていた花も蕾に戻ってしまったかの様な・・・
IMG_8025.JPG
約28ヘクタールある鹽竈神社の境内には、天然記念物の「鹽竈ザクラ」をはじめとして
桜だけでも約30品種もあるそうです もう少ししたら又見に来ましょ
さ、雪も舞って来た事だし、松島へ・・・
チョッと小腹を満たす為に手焼き蒲鉾店に寄りました
line_1520323563481.jpg
14時からチェックインできるのに~彼方此方寄り道でもう16時・・・
今度こそ~ホテルへ向かいます
20180306_165450.jpg
松島や~あぁ、松島や~松島や・・・芭蕉^^
nice!(105)  コメント(16) 
共通テーマ:美容

政宗ゆかりの金山・岩崎山金窟址(いわさきやまきんくつし) [Japan]

宮城県と山形県の両県南部の県境に位置する蔵王連峰
この時期の山姿は私的には一番美しいと思います
IMG_7946.JPG
古賀政男ゆかりの地・青根温泉郷を抜け遠刈田(とおがった)へ向かいます
IMG_7968.JPG
この辺り、日陰はまだ圧雪なのでカーブには注意です
IMG_7969.JPG
遠かった~!と言いたい「遠刈田・とおがった」ですが^^仙台から車で小一時間の距離です
ん?今まで何度も通っている道なのに?何?ここ?
IMG_8000.JPG
伊達政宗ゆかりの金山~~!?
あら、岩崎山金窟址(いわさきやま きんくつし)舌を噛みそうな・・・き・ん・く・つ・し
IMG_7979.JPG
早速ググって散策!
IMG_7980.JPG
遠刈田温泉の北西にある岩崎山は金や銀、銅などを含んだ鉱山です
まだ金取れるかしら・・・?
IMG_7982.JPG
戦国末期には金の採掘が始まり、江戸初期には仙台藩主伊達家の命により採掘されました
IMG_7983.JPG
また、この鉱山は「金売り吉次」が発見したとも言われています
IMG_7999.JPG
金売吉次(かねうりきちじ)は平安時代末期の商人で
「平家物語」や「義経記」などに登場する~
奥州で産出される金を京で商う事を生業とした伝説的人物
IMG_7986.JPG
岩山には沢山の坑道があります
IMG_7991.JPG
坑道内部には入る事は出来ません 人一人がなんとか入る広さ・・・
IMG_7994.JPG
当時の採掘は「たぬき掘り」と呼ばれ、体ひとつが通れるだけの細い坑道を
金の鉱脈に沿って縦横無尽に掘り進んで行く掘り方だったそうです
IMG_7996.JPG
この山の内部はまるでカゴの目のようになっていることから
地元の人々はこの山を「かご山」と呼んでいるそうです
IMG_7989.JPG
歩いていてふと足元を見ると~
この山の入り口は圧雪だったのにいつの間にか雪が消えてる・・・ 
IMG_7987.JPG
この下には温泉が湧いている為の地熱なんですね 
この鉱山の閉山原因は、坑道に熱湯が噴出したため・・・とされています
IMG_7984.JPG
その後藩主により、この事故で犠牲となった多くの鉱夫を弔う為
坑道の奥に金の観音像を安置させたと伝えられています
IMG_7997.JPG
義経~金売吉次~伊達政宗~一瞬でも奥州と京を繋げる為の地だった岩崎山
いつもは素通りだった温泉通り脇に、地から暖かさを感じるこんな場所があったなんて・・・
IMG_7993.JPG
岩山の隅に、葉が開かない花・山茱萸 (さんしゅゆ)がひっそりと咲いていました
山茱萸 (さんしゅゆ)は春黄金花(はるこがねばな)とも呼ばれます
この地を選んで根を付けたのでしょうね
nice!(97)  コメント(18) 
共通テーマ:美容

齋理屋敷の雛 [Japan]

仙台から南に1時間ちょっとの丸森
この辺りは江戸時代から昭和にかけて、阿武隈川の舟運をきっかけに栄えた街です
その繁栄の中心となった豪商・七代続いた齋藤家のお屋敷が~
齋理屋敷」として今も残されています
IMG_7819.JPG
何度かblogでも紹介させていただいたので、覚えていらっしゃる方も多いかと思います
IMG_7863.JPG
蔵・石風呂などの建築物や建造物が、国の登録有形文化財に登録されています
齋理屋敷では「お雛様」を2月~4月迄公開していて、いち早く雛たちを見る事が出来るんですよ
IMG_7849.JPG 
ガラガラ~と蔵屋敷の引き戸を開けると、沢山の吊るし雛が迎えてくれました
IMG_7825.JPG
IMG_7853.JPG
IMG_7841.JPG
「なんだか怖いよぅ~」と小さな子が見つめていた市松人形 確かに・・・[わーい(嬉しい顔)]
この市松人形は、齋理家へ嫁いできたお嫁さんが抱いていたお人形だそうです
IMG_7826.JPG
IMG_7827.JPG
40畳のお座敷には、代々伝わるお雛様が段飾りされています
IMG_7829.JPG
IMG_7830.JPG
享保雛や古今雛
IMG_7843.JPG
IMG_7846.JPG
桐箱には江戸時代の人形師の字が書かれています
IMG_7845.JPG
この三人官女は立ち膝?中腰^^です 中腰の雛人形は日本でも類のない貴重な物だそうです
IMG_7844.JPG
人形だけでなく、その道具類の豪華さにも思わず目を奪われます
IMG_7842.JPG
2階へ
IMG_7832.JPG
養蚕業もされていた斎藤家  この造りは正にその当時を思わせますね
IMG_7836.JPG
豪商の暮しぶりを物語る豪華な調度品や、商売の道具などの写真が飾られています
IMG_7834.JPG
前から気になっているんですが、うちにも同じ火鉢が有るんですよね~
IMG_7838.JPG
代々の当主が齋藤理助を名乗ったことから齋理と呼ばれるようになりました
呉服・太物の商いから、養蚕、味噌醤油の醸造など幅広い商売を手掛けて栄えました
IMG_7837.JPG
第二次大戦後、時代と共に店を閉じ・・・
昭和61年、屋敷と蔵・収蔵品を含め~そっくりそのまま町に寄贈されたそうです
IMG_7839.JPG
齋藤家の繁栄の歴史は、離れの洋館の資料館だけではなく~
IMG_7855.JPG
豪華絢爛な齋理の雛人形を通しても窺う事が出来ます
IMG_7848.JPG
その家に生まれた女子でも、嫁いできた女子でも・・・その家にとって「おなご」は宝です
IMG_7856.JPG
その女子・おなごの為・・・家業には一銭にもならない嗜好品・お人形
京から取り寄せたり、買い与える事が出来た・・・富に満ちた当時の生活が窺える斎理屋敷の雛
IMG_7864.JPG
贅に満ちた「おなご」に抱かれた人形達は4月まで飾られ、又一年桐箱の眠りにつきます
nice!(98)  コメント(20) 
共通テーマ:美容

小樽運河 ガラスと蒲鉾を持って [Japan]

小樽運河 この時、かなり激しく降って来たのでカメラが心配で写真が少なめです
大正12年に完成したこの運河は、海岸の沖合いを埋立てて造られた為
直線ではなく緩やかに湾曲しているのが特徴です
IMG_7725.JPG
小樽港は北海道開拓の玄関口として発展してきました
当時は、大きな船を沖に泊め、はしけ(台船)を使って荷揚げしていましたが
取り扱う荷量が多くなり、運河が造られたそうです
IMG_7728.JPG
時代が変わり戦後になると、港の埠頭(ふとう)岸壁の整備により
その使命は終わりを告げることとなりました
IMG_7729.JPG
運河沿いにある「かま栄工場直売店」 私達もチェックしていましたが~
IMG_7731.JPG
tommyさんおススメの「蒲鉾」 これは~絶対に行かねば!
IMG_7732.JPG
かま栄は、創業1905(明治38)年 
道産子なら「かま栄と言えば蒲鉾、蒲鉾と言えばかま栄」というくらい有名なかまぼこ屋さんです
色々なお土産を買って~
IMG_7734.JPG
私のお目当て^^の小樽っ子のソウルフード「かま栄 パンロール」
IMG_7732.JPG
「パンロール」といっても、ロールパンじゃないですよ~
スケトウ鱈、豚挽肉、タマネギにコショウで味付けをしたすり身を
極薄のパンで包み揚げる、と言った画期的な蒲鉾!
IMG_7735.JPG
スナック感覚で食べる事が出来ますが、1個で真面目にお腹いっぱいになります
自宅へ持ち帰り翌朝焼いていただきました 美味しかったですよ~
IMG_7778.JPG
小樽で一番賑やかな通り「堺町通り」 小樽運河から歩いて数分です
IMG_7736.JPG
まず目を引くのは~やっぱり大好物の甲殻類^^
IMG_7744.JPG
IMG_7746.JPG
古い商家などを改造したガラス店や洋菓子店などが立ち並ぶ「堺町通り」
札幌に開拓使が置かれた明治、そして大正時代からの歴史を残す町です
IMG_7747.JPG
見どころが多く、じっくり時間を掛けて観たかったこの通り・・・
帰りの列車&フライト時間もあるので、とにかくガラス!「北一硝子」へ・・・
IMG_7748.JPG
ランプの「ホヤ」にも使われているガラスの製造は
明治時代、生活必需品だった石油ランプから始まったといわれています
IMG_7749.JPG
その後、漁業用の浮き球としても製造・販売されています
グラスや醤油挿し、インテリア用品やアクセサリー・・・どれもこれも欲しくなる物ばかり~
IMG_7750.JPG
「さ、もうタクシー呼ぶよ」と言う主人は一人で立派なワイングラスを買っていました
IMG_7751.JPG
私まだ買ってな~~~い! で、急いで色々買いました^^
でも、帰る前にここだけは見たい!「北一ホール」のある倉庫の方へ・・・
26158253_124595475010788_8741166957497155584_n.jpg
中に入ると目に入る線路
「北一ホール」も港町として急激に発展していた時代の名残のそのひとつです
いわゆる~トロッコの線路?ですね
D966B1029A244B7198105F3288CBA36B_L.jpg
海を埋め立てる為、更には陸揚げした貨物を保管する為に~
坂や山を切り出し軟石と呼ばれる加工しやすい石を採掘 それらを使って倉庫を造ったのですね
IMG_7753.JPG
北海道の代表的な観光地・小樽
20180207_135309.jpg
港町として発展した後~急速に衰退し、取り残された倉庫や運河を商業施設として再活用されています
20180207_135432.jpg
今の魅力ある小樽の街は、難を乗り越え~こうして作られた街なんですね
IMG_7762.JPG
タイの様な暑さのエアポートライナーに乗り、新千歳空港から雪降る北の国を後にしました
20180207_170656.jpg
ラベンダーの咲く頃・初夏の北海道は格別ですが
白銀に染まるこの時期の北海道は~
五感が満たされる、北海道ならではの良い季節なのかもしれませんね

かま栄 工場直売店天ぷら・揚げ物(その他) / 小樽駅

昼総合点★★★☆☆ 3.1


nice!(108)  コメント(22) 
共通テーマ:美容

小樽 北のウォール街を歩く [Japan]

かつて明治・大正の近代化による繁栄に沸き「北の商都」として栄えた小樽
戦前には道内各地で採掘された石炭の最大の積出し港、ニシン漁の拠点となりました
IMG_7694.JPG
国際貿易港として莫大な資産が集まれば~金融業の需要も高まりますね
明治9年(1876)に旧第四十四銀行が小樽支店を構えて以降~日本銀行や三井銀行等・・・
大正・昭和初期まで、大企業や主要銀行の支店が続々と進出し
IMG_7695.JPG
最盛期にはニューヨークの「ウォール街」に例えられるほどの銀行街となったそうです
IMG_7696.JPG
「北のウォール街」と呼ばれた歴史的建造物はその名残・・・
IMG_7708.JPG
小樽駅から徒歩10分ほどのエリアに立ち並ぶ、格調高い洋館たち
あの頃の繁栄を物語る様に、雪降る中静かに佇んでいました
IMG_7707.JPG
IMG_7709.JPG
旧三菱銀行小樽支店
IMG_7714.JPG
こちらは現在「小樽運河ターミナル」として利用されている大正11(1922)年竣工の建物
IMG_7715.JPG
戦後に入ると、ニシンの不漁や炭鉱の閉鎖などが影響して銀行の撤退が相次ぎ
IMG_7704.JPG
この豪奢な建築だけが残されてしまいました
IMG_7713.JPG
IMG_7705.JPG
IMG_7706.JPG
IMG_7710.JPG
そうした建物は、今では土産物店やカフェなどに利用され
小樽の観光名所として再び輝きを取り戻しています
IMG_7700.JPG
IMG_7701.JPG
お父様が旧山下汽船という海運会社の重役で、港のある各地に移転していた石原裕次郎
3歳から9歳までの6年間を小樽市で過ごしたそうで、裕次郎にとって第二の故郷・小樽
IMG_7697.JPG
西部警察に使用された車や日本に数台しかないマイカー等展示された「裕次郎記念館」
石原裕次郎を知っている世代が減り、来場者が減ってきたことにより昨年閉館されたそうです
IMG_7699.JPG
「オープン当初はそれはそれは~華やかでしたよ~!」とタクシーの運転手さんが語っていました
IMG_7717.JPG
IMG_7719.JPG
何が面白くなくて蹴るんでしょうね~[ダッシュ(走り出すさま)]
IMG_7720.JPG
明治期、官営幌内鉄道の開通により北海道の物流の拠点となった小樽
IMG_7722.JPG
かつて商都として賑わった往時の繁栄が忍ばれる光景がそこかしこに点在する街・小樽
それぞれの建物が第二の人生を歩んでいます 
・・・雪降る時期に来て良かった・・・と思いながらソレルの靴で颯爽と歩きました^^
小樽運河へと続きます
nice!(97)  コメント(18) 
共通テーマ:美容