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楢下宿の春 [Japan]

雪の壁を通る「蔵王エコーライン」はGWから開通になります
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宮城と山形を結ぶ峠は、関山や笹谷など・・・様々ありますが
上山奥にある「金山峠」は標高が低く、使いやすかったようで
「楢下宿・ならげしゅく」は宿場町として栄えました
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羽州街道の宿場町
江戸時代には参勤交代や出羽三山詣で賑わいをみせた楢下宿
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宿場町というと、数百軒が立ち並ぶ大きな集落が一般的ですが
楢下は60~80軒の小規模な集落
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その中に23軒の旅籠屋をはじめ、大名や役人などが宿泊する「本陣」や
その予備の「脇本陣」幕府や領主のおふれを通達する「高札場」等があり
大変賑わいを見せていたようです
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茅葺屋根の古民家や、石造の眼鏡橋など街道の歴史を感じさせる景観が今も見る事が出来ます
街が栄えれば人も栄え、女児には山形特産の紅花と京人形が交換され
この地にも沢山の素晴らしい雛人形が残っています
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重寒さ厳しいこの地でも越冬する手段を得られた蔵
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2階へ上がる階段
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宮城県七ヶ宿から金山峠を越え、上山にぬける羽州街道の宿場町の楢下宿
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江戸時代の参勤交代の際には「新庄藩」や「庄内藩」「秋田佐竹藩」
遠くは「津軽藩」など、日本海側の十三藩がこの宿場町を利用したといわれています
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金糸で刺繍が施された、見事な着物や下駄
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集落の中心を流れる金山川には、通称「眼鏡橋」と呼ばれる石造りの橋が
明治時代の山形県令・三島通庸の命でかけられ、今でも現役で使われています
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観光目的で意図的に整備された街並みではなく
築200年を超える建物が日常生活の中にごく自然に残された街並みの「楢下宿」
ナビを使っても中々辿り着けない場所にある、山形の貴重な町です
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元町案内人 [Japan]

横浜・中華街での夕食 氷川丸を眺めながら~ブログチェック
横浜ならではの横 濱男さんへコメントを入れ~いつものvivi体操後~爆睡[眠い(睡眠)]
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目覚めと同時にこの眺め はぁ~美しい[ぴかぴか(新しい)]
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旅行客ならではの「あれも&これも~行かねば!やらねば!」の横浜の朝
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まずは「元町」へGO~!
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私の第一の目的は「ユニオン」 お買い物に夢中で写真は一切ありませ~ん[手(チョキ)]
私にとって欠かせない存在の「もとまちユニオン」
因みにこの日は、米倉涼子がお買い物に来ていてバッタリ!でした^^  
この辺りを見た事&経験ない虫博士を夢前案内し、先ずは坂を上り~外人墓地へ
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山手十番館
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北原さんのお店・トーイズクラブ この日は不在でした
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港の見える丘公園から
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ミッション完了!する為に向かうのは~
父の大好きな「ラムボール」のお店「喜久屋
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お土産用の「ラムボール」を買いながらショーケースを眺めていると~
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あれもこれも食べたくなるケーキがいっぱい! しかも、お値段:冗談の様に手頃[左斜め下]
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紅玉りんご
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モカロール
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レモンティーで一休み 横浜は山坂なので疲れます[ふらふら]
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1924年、喜久家が創業したのは横浜に居留地の名残りのあった時代
当時の元町通りは多くのムシューやジェントルマン達で賑わっていたのでしょう
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スイス婦人がレシピを持ち込み
ケーキ職人の喜久家先代にケーキを焼いて欲しいと依頼 
素晴しいケーキのできが~山手で評判になり
喜久家はどこの店よりも早く、ヨーロッパケーキを作れる日本の先駆者となったそうです
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幼い頃から何方かのお土産で、いつも家の冷蔵庫にあったラムボール 
父はウヰスキー&ラムボールを食べるのが好みで~結果・・・糖尿病です^^
家に帰って~家族で美味しくいただきました 
ラムなのにワインに合うんですよね~♪
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ラムとレーズンの味が喉から胸~胃へ、ジ~~~~ンとくる、ずっと変わらない味
ドッシリと重いラムボールの歴史=日本の歴史 横浜では絶対に欠かせないお土産です
因みに今日は虫博士の3度目の入学式 3度目なので~親は出席しません^^
孤高な道を歩む彼の第2外国語は日本語 第3外国語は中国語を選択した平成生まれの「令和」君
私達の時代、第3外国語にドイツ語orフランス語を選択しましたが~時代は変わりましたね

喜久家洋菓子舗ケーキ / 元町・中華街駅石川町駅日本大通り駅

昼総合点★★★☆☆ 3.5


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松本 町歩き・大正ロマンの上土通り [Japan]

松本城周辺  大正時代の雰囲気を今に残す「上土通り
松本城の東側 東門前の馬出し廊の堀の土を上げたところから町名となったそうです
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このあたりは上土町と呼ばれていたと伝えられます
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明治末期以降、松本市民の庶民文化の先端を行く「ハイカラな街」として栄え
一時期は商店街として発展してきた歴史があります
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女鳥羽川にかかる「ひとつはし」を渡ると目の前に見えてくる「セラミカ
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松本市旧市役所跡を「松本市営上土団地」として「大正ロマン」風に整備
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こちらは1913年(大正2年)に建てられた松本市旧市役所の写真です
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跡地に建てられました。
現在は国内隋一のポーランド陶器店になっています
女鳥羽川にかかる橋「ひとつはし」を渡った先から約240m
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徒歩3分ほどの長さの通りですが、一気に大正時代へタイムスリップしたかのよう
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そして~気になったのが・・・街中に「銭湯」が沢山ある事
「塩井の湯」さんも大正時代に建てられたというレトロな外観
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明治時代に源泉が発見され、地域の人々の要請を受けて銭湯を開業したそうです
源泉は、「源智の井戸」とともに名水100選にも選ばれています
良い水が湧く地には産婦人科も多いですね
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下町会館 「旧青柳化粧品店」
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昭和初期に建てられた洋風建物(旧青柳化粧品店)のファサード部を移築したものです
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化粧品店として栄えていた頃の写真がこちら[左斜め下]
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現在はまちづくりの拠点として活用されているそうです
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「松本」 市民と行政が手を取り合ってまちづくりに取り組んでいる素晴らしい町でした

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松本 町歩き・中町通り~縄手通り [Japan]

次から次へ・・・私の周りは時間が猛スピードで進み、泣きたくなります[ふらふら]  
出し遅れていた昨年11月・松本へ出掛けた際の記事をハワイ記事の間に~数回挿みますね

健康寿命延伸都市・松本
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空気が澄んでいて、水が美味しく、元気になる馬肉がいただける街
この地なら何人でも子どもを産みたくなる環境です
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北アルプスを望む長野県松本市は、国宝・松本城を擁する城下町
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ここ松本市は、世界的に著名な演奏家を輩出し
私も学んだ「スズキ・メソード」の本拠地でもあり
街中を歩いていると、沢山の楽器店を見掛けます 
路面店で、チェロケースを販売しているお店を見たのは初めてかも・・・
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長野県の特産でもある野沢菜を、夫々の味付けで包んだ信州名物「おやき」
ここ、松本が発祥の地です
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お腹いっぱいになるので、私は余り得意な分野では有りませんが
このお店の「お焼き」は、信州故に皮がそば粉との事 だったら~少し食べちゃう?
香ばしいそば粉の香りに包まれた醤油味の高菜
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餡は粒あん 手作りらしく、甘さ超~控えめの私好みのあんこでした
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白壁と黒なまこの土蔵が立ち並ぶ「中町通り
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400年の歴史を誇る城下町の松本市
かつて、海のない信州に塩や海産物を届けるため使われた「千国街道」
江戸時代には飛騨から江戸の最短ルートだったことから頻繁に使われていた「野麦街道」・・・
里山の街道が交差する松本には「土蔵」が多く残されています
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白と黒が織りなす時代をさかのぼったかのような風景が広がる町並み
この界隈は歩いてこそ風情が楽しめる通りです
縄手(なわて)通り
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昔、松本城を築城する際に外堀の外側を「」を張って測量したそうです
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松本城の南惣堀(みなみそうぼり)と女鳥羽川(めとばがわ)の清流にはさまれ
「縄のように長い土手」ということから由来している縄手通り商店街
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美味しそうなお店も沢山~! 信州味噌を使った物が多く、あれもこれも^^
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江戸期の城下町松本の風景を再現している「縄手通り」のキャラクター・かえるちゃん
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女鳥川でカジカガエルが鳴いていた頃、縄手が大変賑わっていた事から
シンボル・守り神?守りガエル^^になったそうです
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懐かしい香りいっぱ~いの通りが、松本には沢山ありました
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富岡製糸場 Ⅱ [Japan]

富岡製糸場・繭所などに使われた煉瓦壁
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フランス人技術者が瓦職人に作り方を教え、福島町(現甘楽町福島)で焼き上げられたものです
煉瓦壁の積み方は、フランス北部のフランドル地方で用いられた工法「フランドル積み」です
鉄水溜(重要文化財)
明治8年頃に造られた製糸に必要な水を溜めておくための巨大な水槽です
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明治維新後、政府は日本を外国と対等な立場にする為、産業や科学技術の近代化を進めました
その為の資金を集める方法として力を入れたのが、生糸の輸出
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製糸工場の設立の地にこの地が選ばれた理由として
製糸に必要な水が既存の用水を使って確保できる事が、ここ富岡には有りました
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この鉄水溜の製造には軍艦の造船技術であるリベット止めが使われ
およそ400トンの水を溜めおくことが出来たそうです
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蒸気釜所(重要文化財)」の煙突
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女工館(重要文化財)
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日本人工女に器械製糸の糸取の技術を教えるために雇われた「フランス人女性教師」の住居
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首長館と同様、コロニアル様式が採用され風通しの良い造りになっています
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ベランダの天井には板が格子状に組まれ、当時の日本建築にはない特徴が見られます
診療所
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インフルエンザ等、当時ではワクチンもない時代
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診療所が置かれることで女工さんも安心して日々の仕事に励めたでしょう
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首長館・ブリュナ館
指導者として雇われたフランス人ポール・ブリュナが家族と暮らしていた住居
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後に建物は、宿舎や女工に読み書き・裁縫等を教える学校として利用されました
これは、企業内教育の先駆けと言えます
寄宿舎
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一人に与えられたスペースは、たたみ2畳ほどだったそうですが
お風呂には毎日入れたそうです
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富岡付近は養蚕が盛んで、生糸の原料である良質な繭が確保できる
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工場建設に必要な広い土地が用意できる
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水が豊かである
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蒸気機関の燃料である石炭が近くの高崎・吉井で採れる
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外国人指導の工場建設に対して地元の人たちの同意が得られた
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等の理由で、富岡に製糸場を設立する事が決められました
西置繭所(国宝)
東置繭所と同様に2階は繭を貯蔵していた建物で、現在大規模な修復工事を行っていました
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大きさ・構造は東置繭所とほぼ同じ
ですが、1階の北半分の東面を官営期に蒸気機関を動かすための石炭置き場として使われて為
東面には壁がありませんでした
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繰糸所、西置繭所、東置繭所の3棟が「国宝」となっています
「社宅群」
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「富岡製糸場と絹産業遺産群」
長い間生産量が限られていた生糸の大量生産を実現した「技術革新」と
世界と日本との間の「技術交流」を主題とした近代の絹産業に関する遺産です
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日本が開発した生糸の大量生産技術
かつて一部の特権階級のものであった絹を世界中の人々に広め
その生活や文化をさらに豊かなものに変えました
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富岡製糸場は現在まで、ほぼ変わらぬ姿で残されています
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富岡製糸場Ⅰ [Japan]

「めがね橋」から高崎方面へ移動 
翌日は、予てからか行きたかった世界遺産「富岡製糸場」へ向かいました

時は「せごどん」の時代 
正に「紀尾井坂の変」で亡くなった、大久保利通が日本を築き上げていた頃
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富岡製糸場
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明治5年(1872年)に明治政府が日本の近代化のために設立した模範器械製糸場です
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平成26年には「世界遺産一覧表」に記載され、更に有名になりました
東置繭所」 
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1階は事務所・作業所等として使い、2階に乾燥させた繭を貯蔵した所です
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富岡製糸場は、国が建てた大規模な器械製糸工場です
その頃、長野には「あぁ野麦峠」の題材ともなった製糸場がいくつもありました
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長さ約140mある「IMG_9303.JPG」 繭から生糸を取る作業が行われていた場所です
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フランス式の300釜の繰糸器が並び、当時の製糸工場としては世界最大規模でした
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小屋組には「トラス構造」という従来の日本に無い建築工法を用いています
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そのため、建物内日は中央に柱のない広い空間が保たれています
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更に採光の為の多くのガラス窓や、屋根の上に蒸気抜きの越屋根が取り付けられました
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現在は、昭和41年以降に設置された自動繰糸機が保存されています
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江戸時代末期、鎖国政策を変えた日本は外国と貿易を始めます
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その当時最大の輸出品は生糸でした
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生糸の輸出が急増したことにより需要が高まった結果
質の悪い生糸が大量につくられる粗製濫造問題がおき
諸外国から生糸の品質改善の要求、外国資本による製糸工場の建設の要望が出されました
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明治維新後、富国強兵を目指した政府は、外貨獲得のため、生糸の品質改善・生産向上を急ぎます
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しかし当時の民間資本による工場建設は困難な状況であったため
洋式の繰糸器械を備えた官営の模範工場をつくることを決めました
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➀洋式の製糸技術を導入すること
②外国人を指導者とすること
③全国から工女を募集し、伝習を終えた工女は出身地へ戻り、器械製糸の指導者とすること
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こうした考え方をもとに雇い入れられたフランス人、ポール・ブリュナの指導のもと
西洋の技術を取り入れた官営模範器械製糸場(富岡製糸場)が設立されたのです
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世界遺産の「富岡製糸場」 奥が深いです この後も続きます
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碓氷第三橋梁(めがね橋) [Japan]

松本街歩き、まだまだ続きますが~穏やかな足元に雪が積もる前に・・・
11月末、紅葉が美しかった「群馬」に記憶&足跡を辿ります

松本を背にし、前橋方面へ  アルプス連峰の冠雪がとても美しい
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信号機のある高速道は貴重な体験^^
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碓氷第三橋梁(うすいだいさんきょうりょう)
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通称「めがね橋
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明治25年4月に建設が始まり12月に完成
芸術と技術が融合した美しいレンガのアーチ橋は
川底からの高さが31mあり、我が国最大級のものです
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この4連の雄大なアーチ橋は、通称「めがね橋」として親しまれています
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橋梁は、第2橋梁から第6橋梁までの5基が残っていて
すべてが煉瓦造り 「国重要文化財」に指定されています
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通称「めがね橋」として親しまれている煉瓦アーチ橋
長さ91m、高さ31mでわが国最大の煉瓦づくりアーチ橋は橋上を歩くことができます
橋の上までは歩幅の大きい階段をハフ~ハフ~言いながら登ります
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昇り切ると橋の上 陽が落ちる前に来れて良かった~終わりかけた紅葉が美しいです
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アプト式鉄道時代の廃線敷を利用して
横川駅~熊ノ平駅の間の約6kmを遊歩道として整備されています
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4時半過ぎの橋の上 やっぱりカップルの姿が似合います^^
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向こうに見えるのは新線です
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アプトの道は国の重要文化財である旧丸山変電所をはじめ3つの橋梁と10の隧道があります
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夕暮れ時にはチョッと怖い・・・使われていないトンネル
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碓氷峠は「めがね橋」を代表する鉄道煉瓦構造物群等の「鉄道遺産」に触れる事が出来ます
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草間彌生の松本 [Japan]

草間彌生×周遊バス・タウンスニーカー「水玉乱舞」号
草間彌生が手掛けた水玉デザインのバスです
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松本市では2010年12月から運行されていて、市民からは「水玉バス」として親しまれています
フロントガラスの下の水玉には、出発式のときに書かれた直筆サインが入っています
ナンバープレートも「841」^^
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草間彌生の生誕の地である松本
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松本美術館には草間彌生の大きなオブジェが置かれています
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美術館の壁面・ガラスいっぱいに描かれた彼女らしい絵
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絵を描くときは無我夢中です
仕上がってみて、なかなか自分でもよく描けている、と思うのです
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最初から出来上がりが見えていることはありません
どうやって描くのかは、手に聞いてほしい
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草間彌生は1957年に渡米
当時、アメリカに行く人は非常に少なく
機内は彼女の他に、米軍GIが2人と戦争花嫁の三人ほどしかいなかったそうです
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まず最初の到着地はシアトル
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そこで、ズゥ・ドゥザンヌ・ギャラリーで個展をし、その後ニューヨークへ・・・
虫博士と同じ道程^^
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生きているうちに沢山の作品を制作して、皆さんに置いていこうと思っています
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種苗業を営む旧家に生まれ、花畑に出かけてはスケッチをして少女時代を過ごした草間彌生
彼女にとって植物は、愛すべき対象であると同時に
幻覚による恐怖を与える存在であり、自己を投影する対象でもあります
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1929年・昭和4年3月22日 生まれの草間彌生はもう直ぐ90歳です
幼い頃から悩まされていた幻覚や幻聴から逃れるために、それらの幻覚・幻聴を絵にし始めました
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世界的にも有名になった彼女は、数多くの素晴らしい作品を残しています
コラボされたお財布やバッグ等・・・以前に記事にしていますが、私は彼女の大ファン^^
次回の大阪万博 太陽の塔を引き継いで、彼女のオブジェが飾られると嬉しい~[黒ハート]
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私自身ができることは、よりよい仕事をして
戦争だとか、テロだとかそういうものを超えてみなさんが平和な生活をすることを
芸術家として望んでいます  だからこそ、一生懸命絵を描いています
by YAYOI KUSAMA
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夜の松本城 [Japan]

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現在、天守の建物を残すは十二城しかありません
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しかも、五重天守の実物を見る事が出来るのは、この「松本城」と「姫路城」二城だけです
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前記事の様に、史を辿る上で~中に入る・・・という良さもありますが
周りから見る、というのも過去にタイムスリップ出来る様な幻想感溢れるもの
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ライトアップされたお城 歴史的様々な事を想像しながら眺める景色も良いものです
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松本城は平城で、天守を囲んで三重の水堀が巡っています
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水面に反射する逆さ天守は、言葉を失うほどの美しさです
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カメラでもスマホでも数メートル歩くごとにシャッターを押してしまう眩さ
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絶妙なバランスで並ぶ松本城の天守群
写真の左側から乾小天守、渡櫓、大天守、辰巳附櫓、月見櫓の5つの建物が連結しています
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天守建物は、壁面の上部を白漆喰、下部を黒漆塗りの下見板で覆っています
この漆喰の白と漆塗りの黒の対比が~絶妙な美しさを醸し出しているんです
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雨や、雪が多い松本の地域では木材が腐りやすかった為ともいわれています
「良くぞここまで~美しい姿を残して下さった」 姫として一言申し上げたいです^^
雨にも風にも当たらず、正に晩秋晴れとなったお城日和の夜
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お城周りには、往時に善光寺街道(北国街道)として栄えた風情ある土蔵の「中町通り」
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「縄手通り」にはストリートのシンボルであるカエル
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この辺りは昼間にまた~散策レポを紹介ましす[カメラ]
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戦うために造られた軍事施設がお城ですが~雄雄しい一面を持つ一方で
美しい外観をもつ、才色兼備なお城「松本城」 夜の顔にはすっかり虜になってしまいました
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ロマンは外観から[ハートたち(複数ハート)]「へぇ~」「ほぉ~」は内側から[黒ハート]
「お城」って、一粒で二度どころか、何度も~美味しくいただけるところ[わーい(嬉しい顔)]
美味しい、美味しい~[黒ハート]
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心の浄化 松本の湧水と四柱神社 [Japan]

松本市は町全体に湧水がめぐり
心の浄化と潤いが取り戻せる町だと言われています
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地下からくみ上げた水が、町中の至る所に見られます
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開智学校
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明治6年・1873年 筑摩県学(ちくまけんがく)を改め
学制による小学校「第二大学区第一番小学開智学校」として開校
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工事費は約1万1千円 当時の大工日当が20銭、県知事の月給が20円・・・かなりの高額
しかも工事費の約7割は松本町民の寄附でした 町民の開智学校への期待の大きさが伺われます
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昭和36年に国の重要文化財に指定されました
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11月の3連休 松本は朝夕冷たい風は吹くものの、美しい紅葉が迎えてくれました
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その松本市の中でも最強のパワースポットと言われる「四柱神社
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四柱神社は、長野県松本市の市街地中心に鎮座する神社
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すべての願い事が叶う「願いごとむすびの神」として知られている神社です
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活気がありながらも厳かな雰囲気で
地元の方から「神道(しんとう)さん」の名で親しまれています
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この四柱神社には、その名前の通り4つの神様が祀られています
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・天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ):神様の神様
・高皇産霊神(たかみむすびのかみ):物事を結ぶ神様
・神皇産霊神(かみむすびのかみ):人を結ぶ神様
・天照大神(あまてらすおおみかみ):縁を結ぶ神様
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これだけのパワーを持った神様が4体も祀られている・・・もう最強の神社ですね
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この日はお宮参りのご家族が、とても多く見受けられました
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若い女性の姿も多く、縁結び・復縁・恋愛成就などを願っていたようです
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神社は桜咲く時期が一番強いエネルギーをいただけると言いますが
こんなに美しい紅葉が見られる時期も、木々の強い息づかいを感じるとこが出来ますね
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強いエネルギーを感じる「四柱神社」 全ての願いが叶う、と言うだけあって~
早速~大きな願い事が叶いました~^^
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